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オリジナル小説『おかえんなさい、ラブマネさん』その7

オリジナル小説『おかえんなさい、ラブマネさん』その7
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こんにちは、宮比ひとしです。
この記事では、オリジナル小説である『おかえんなさい、ラブマネさん』その7を紹介します。

おかえんなさい、ラブマネさん その7

おかえんなさい、ラブマネさん

 

恋愛保険の相談窓口となる恋愛支援専門員(ラブマネージャー)の青年が、個性豊かな利用者の恋愛支援に奮闘するラブコメ小説となっています。

登場人物の紹介

影沼洋一かげぬまよういち・・・美鷹恋愛支援センターに勤務する新人ラブマネージャーであり、本作の主人公。

野山愛子のやまあいこ・・・影沼洋一と同棲中の交際相手。

花岡百永美はなおかもえみ・・・影沼洋一が担当する女子大生の利用者。

富樫烈久とがしたけひさ・・・花岡百永美の交際相手。

大空夏樹おおぞらなつき・・・影沼洋一が担当する金髪ギャルの利用者。

坂本浩介さかもとこうすけ・・・大空夏樹の交際相手。

濱崎極はまさききわむ・・・影沼洋一が担当する定年退職した男性利用者。

濱崎弘子はまさきひろこ・・・濱崎極の妻。

山田直也やまだなおや・・・影沼洋一が担当するオタク青年の利用者。

中谷舞なかたにまい・・・靴屋『エムメス』の女性店長。

四谷高夫よつやたかお・・・美鷹恋愛支援センターの所長。

一ノ瀬友子いちのせともこ・・・影沼洋一の世話を焼く中年上司。

六本木美加ろっぽんぎみか・・・影沼洋一の先輩ラブマネージャー。

新田貴彦にったたかひこ・・・元諏実高校野球部の男性。

新田伸枝にったのぶえ・・・新田貴彦の妻。

前回までのあらすじ

影沼洋一は山田直也の恋を実らせるため、ひょんなことから加わった大空夏樹と坂本浩介と共に「舞ちゃんハートゲッツ大作戦」を決行。
しかし、親し気に会話する男性との姿を目の当たりにし、計画を断念することとなる。
一方、交際相手である富樫烈久から暴力を受ける花岡百永美。
十一年前に男に絡まれたところを助けられた過去、そして大切に持ち歩く御守との関係が明らかとなり・・・

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十一月七日 月曜日

プルルルルルルルルルル……いくら待っても同じだった。洋一は受話器を戻し、首を傾げた。
「どうしたの?」隣のデスクから一ノ瀬が訊ねてきた。
「最近、花岡さんと連絡がつかないんです。留守番電話に、ことづけも残してあるのに」
「きっと忙しいのよ。わたしの利用者なんて、そんなことしょっちゅうよ」
「今までは翌日には必ず電話くれました。彼女の身になにかあったのでしょうか」
「心配なら家まで行って来たら」
一ノ瀬が鼻を鳴らすと電話が鳴った。もしや百永美からでは、と即座に受話器を取る。

「おはようございます。美鷹恋愛支援センター影沼です」
重圧感のある咳払いが響いた。
「影沼くんかね」
濱崎だった。背筋がしゃんと伸びる。返事をすると彼はゆっくりとした口調で「相談したいことがあるんだがね」と言った。
「はい、どうされましたか?」

しばしの沈黙があった。
「会って話せないだろうか」
「わかりました。いつがよろしいですか」
「早い方がいい。今日の予定はどうかね」
「承知しました」

早々にうかがうことを伝え、濱崎の自宅へ訪問する。玄関戸が開くと、出迎えたのは弘子ではなく濱崎だった。彼に続き、長い廊下を渡る。柔道をやっていたらしく頑健な背中ではあったが腰は曲がり年齢を物語っていた。考えてみると彼の背中をこうまじまじと見るのは初めてだった。いつもの客間へと案内され、座布団に正座した。

「すまないね、急に呼び立てて。影沼くんも忙しいだろうに」
「そんなことありません」
濱崎は腕を組み、鬼瓦のような顔つきをして池の中で泳ぐ鯉に目をやった。妙な違和感があった。洋一の知る濱崎でない気がしてならない。何かが違う、顔色は変わらないが体調でも悪いのだろうか、何だろう。彼は、ふと憂鬱気味に溜息を洩らした。そうか、気迫だ。身体中からほとばしる背筋が凍るほどの気迫が感じられないのだ。

かこんと鹿威しが響く。それを合図のようにして濱崎は口を開いた。
「家内に例の伊豆旅行の話を持ちかけたのだがね、延期してほしいと言われたんだよ」
「ははあ。なにかご予定でも入ってらっしゃったのですかね」
神妙な面持ちで彼は首を振った。「違うんだ。どうやら、そういうことではないらしいんだが……頼みがある。家内はなにか悩みを抱えているようなんだよ。私が聞いても押し黙ってしまって頑として答えようとしない。影沼くんから家内の思いを聞き出しいてくれないかね」
「奥様は今どちらへ」
「買い物に出かけているよ。夕方には帰るはずだ。電話でもいいから頼んだよ」

洋一は返事を躊躇った。
保険適用の利用者は各々に担当の恋愛支援専門員がいる。一人の恋愛支援専門員が夫婦ともども受けることはあるが、濱崎夫妻は違う。弘子には別の担当がついており、原則としてそれ以外の恋愛支援専門員が直接働きかけるのは禁止されている。が、連携規定はある。

「奥様の担当事業所と担当恋愛支援専門員をお教え願えませんか?」
「そんな必要はない」
「けれども、奥様の実情を把握している可能性が高いので一度お話を……」
濱崎の表情が険しくなった。「情けない話だから広めたくないんだよ。なぜわからないんだね! 影沼くんには恥を忍んで仕方なく相談しているんだ」
時間をかけ説得するも、結局彼に押し切られ、おずおずと引き下がることとなった。

事務所へ帰る途中、気がかりとなっていたので百永美のアパートへ寄ることにした。インターホンを鳴らし待ってみるが反応はない。出かけているのだろうか。まさか故障か。いや、夏樹じゃあるまいし。もう一度押してみて返事がなければ潔く引き下がろう。インターホンを鳴らし、耳を澄ましてみるが音沙汰ない。
はっ、とした。彼女のことだ。部屋の隅々までみっちりと掃除機をかけているのかもしれない。あまりに集中しているせいで聞こえないのだろう。致しかたない、少々待とう。

十五分後。
これが最後だ。これで返事がなければ帰るのだ、絶対に帰ろう。インターホンを鳴らし、扉に耳を押しあててみるが音沙汰ない。
はっとした。彼女のことだ。三十七度八分のぬるま湯にゆったりと浸かっているのかもしれない。あまりにリラックスしているせいでうたた寝しているのだろう。致しかたない、少々待とう。

三十分後。
ワン・モア・チャンス・プリーズ! インターホンを鳴らし、扉と同化するかの如く扉にべったりと貼りついてみるが音沙汰ない。
はっとした。彼女のことだ。ヘッドホンをかぶり、幼少期の頃から慣れ親しんでいるクラシックを流して……

『どちらさまでしょうか』
インターホンから百永美の声がした。
「み、美鷹恋愛支援センターの影沼です」洋一は慌てて返事をした。
『ああ、影沼さん。なんのご用ですか』
「連絡がつかなかったので心配になりまして」
『すみません。大学のレポートでばたばたしてて』抑揚のない声で言った。
「そうだったんですね」

安心しつつ苦学生であった自身の大学時代を思い返した。まだ半年前にも関わらず、アルバイトと勉学の両立に頭を悩ませていたあの頃がひどく懐かしかった。
『あの、要件がなければもう……』
「え」ただ様子うかがいに来ただけなので要件などなかった。戸惑いながらも、さっと閃き、鞄を漁る。入れてあった。「お忙しいところ申し訳ありませんが、計画書をお持ちしましたのでご捺印いただけないでしょうか」

しばらくして扉がうっすらと開いた。チェーンが掛かっており、外すつもりはないようだ。必要最低限に開かれた隙間から計画書を手渡し、内容を説明する。彼女は丁寧に頷いているものの、どこか上の空であった。説明を終えると彼女は印を押した。扉で見えないが御守をぶら下げたバッグから取り出したのだろう。

「花岡さんは願い事されたんですか?」洋一は訊ねた。
「願い事?」
「蜻蛉神社の御守。初詣でその御守に願い事をすると叶うという伝説を耳にしたことがあります」
「そうなんですね。知らなかったです」思いつめたように百永美はうつむく。
「情報源は怪しいですが」

彼女はチラチラと洋一の顔色をうかがっていた。
「どうかなさいましたか」
「影沼さんは……お願い事をしたんですか?」
「まさか。僕はそういうのを信じない性分でして。御守は父親に半ば強引に押しつけられて見たことがあったのです。今は手元にありません」

百永美は目を見開いた。扉がすっと閉まったかと思うと、かちゃりとチェーンの外れる音がする。扉を開けた彼女は全身で何かを訴えるかのように身震いしていた。「あの……」と言いかけるが「いえ、なんでもないです」と思い留まった。
明るみに出たことで左頬の青黒い痣が露わになった。洋一の表情が曇る。彼女はさっと腕で覆い隠し、書類を押しつけるや中へと引っ込み扉を閉ざした。
「待ってください。どうしたんですか、その頬」
「転んじゃったんです」彼女は扉越しにそう言った。

この前みたいに笑うことはできなかった。とても転んでできた痣には見えなかった。そう、殴られたような……まさか。ノックしながら粘り強く呼びかけるが、それ以降返事はなかった。
「なにかあればいつでも相談にのりますから」
そう言い残すと、洋一は肩を落とし立ち去った。

 

事務所の戸を開くと、四谷所長は湯気を吹き、のんびりと温かなお茶を啜っていた。マグネットボードの前に立つと、ミステリーサークルのようになった彼の頭頂部がよく見える。
「どうしたの。影沼くん」四谷所長がひょいと視線を上げる。
「いえ、なんでもありません」

四谷所長には相談する気にはなれなかった。デスクにつくと、今度は一ノ瀬が「なになに、深刻な顔しちゃって。悩みがあるならお姉さんが聞いてあげるわよ」と言った。
青紫色に変色した百永美の頬が脳裏を過る。殴られたかのような痣、それをひた隠す彼女。しかし考えすぎなのではないか。時間が経過するにつれ彼女自身が言うよう本当に転んでできただけなのかもしれない、と思えてきた。憶測を口にするのが躊躇われた。

「濱崎さんのところでなにかやらかしたんでしょ」一ノ瀬はお見通しとばかりににやついた。
濱崎……それも悩みの種であった。百永美の件は一置きし、伊豆旅行の延期と彼から弘子に直接理由を聞き出すように依頼されたことを話した。
「別に直接聞いても問題ないとは思うけどね。でもヨウくんの言うようにラブマネに一報入れておいた方が無難かな。奥さんの心情を把握してるかもしれないしね」

濱崎邸に電話すると、電話口に出たのは彼だった。頭を下げ、弘子の担当連絡先を訊ねた。濱崎は憤慨しながらもラブプランセンター北沢の松岡という男であることを明かす。
『とにかくなにかわかったら、すぐに連絡くれたまえ』
そう言い放ち、彼は一方的に電話を切った。仕方なしにインターネットを開いてラブプランセンター北沢の連絡先を検索した。電話をかけ、松岡へ繋いでもらう。

『お待たせしました、松岡です』
声から察するに中年のようだ。人を安心させる落ち着いた渋みのあるトーンだった。洋一は濱崎の担当であることと電話した経緯を説明する。彼は全てを悟っているかのように相槌を打った。

『実は弘子さん、ずいぶん前から悩んでみえたんですよ』
洋一は経験したことのある嫌な空気を感じた。「なにをでしょうか?」
『離婚しようと』
予感は的中した。
『十年以上も我慢してきたんです。お子さんが幼いこともあって別れることは踏み留まっていたんですけどね』

昨年一人娘の就職が無事に決まったので安心して余生を送ることができる、そう喜んでいた濱崎の顔が浮かんだ。
「濱崎さん、伊豆の旅行を計画してるんです。仕事している間は奥様になにもしてあげることができなかったからって」
『知っています。私も思い直すいい機会だと勧めました。でもね、彼女にはそういったのが煩わしいようです。今まで家庭を顧(かえり)みず、家事も育児もせずに好き勝手やってきたのに今更、家族面されてもって』

洋一は胸が苦しくなった。
「奥様と直接話してみてもよろしいでしょうか」
『一体なにを話すのですか? 弘子さんの気持ちは変わらないと思いますけどね』丁寧な口調であるがよく砥がれた刃物のような鋭さが備わっていた。
「でも、話し合えばなにか変わるかもしれません」
『私は何度も意思確認をしました。この件に関しては当人に任せてみてはどうですかね』

「しかし!」
『影沼さん、差支えなければあなたの経験年数を教えていただけますか』
洋一は一瞬言葉を詰まらせ「は、半年です」と答えた。
受話器から納得したかのような息が零れる。「私たちラブマネはあくまで支援者なんですよ。アドバイスすることはあれ、意思を捻じ曲げてはいけない。それは学んだでしょう」彼は諭すように言った。「私はね、恋愛保険発足当初から弘子さんの担当にあたっています。彼女は極さんとの夫婦生活で様々なものを犠牲にし、人格を否定されることも多々あった。彼女の長年の苦労がよくわかるんです。だから、そっとしておいてほしい」

洋一はそれ以上何も言うことができなかった。電話を終えると、ぼんやりとモニターを眺め、濱崎へと電話をかけた。
『どうだったかね』彼は訊ねた。
「え、と」
『なんだね、はっきり言いたまえ』
「僕の口からは申し上げることができません」
『なにか聞いたと言うことだな。どうして言えないんだね』
「いずれ奥様から話をされると思います」

『影沼くん。こっちは旅行の手配も済んでいるんだ。すでにキャンセル料だって発生している。理由を聞かないうちは納得できんのだよ』
胃がきりきりと痛む。内臓から押し出すように「申し訳ございません」と洋一は言った。
『見損なったよ、影沼くん。私の味方だと思ってたのだがね』
ぷっつりと電話は途切れた。

十一月十五日 火曜日

携帯メールを覗き見してからというもの、愛子に対して疑念を抱いたまま悶々とした日々を送っていた。さらにここ数日間彼女の帰宅はめっきりと遅くなり、洋一が早く帰って来ても寝そべってテレビを観る彼女の姿はなかった。かろうじて挨拶程度の遣り取りを交わすだけだ。夕食もどこで済ませているのか、アパートで食事することはなくなった。どこで? 誰と? 考えなくてもわかっているだろう。きっと貴彦という男といるに違いない。

事務所のパソコンに向かいながら瞼を閉じ、眼鏡のブリッジを押さえる。仕事に集中するのだ。そう自身に言い聞かせるものの、今度は百永美と濱崎の顔がめまぐるしく現れた。頭を悩ませ、利用者のサービス予定を作成していると電話が鳴った。
洋一は受話器をとる。「こんにちは。み……」
言い終える間もなく『ヌマッチ!』と夏樹の声が耳元に響く。

また喧嘩だろうかと勘繰り「どうされました」と訊ねた。
『招集よ。舞ちゃんハートゲッツ大作戦第二弾、緊急会議を開くわ』
「どうして大空さんが主導権握っているんですか。ラブカンファレンスの日程調整は僕の役割です」
『つべこべと言ってないで、とにかく早く来てちょうだい』

 

洋一は渋々と夏樹のアパートまで訪れると、三人は卓袱台を囲んで円座している。洋一もその輪に加わるや待ちわびたとばかりに夏樹は口を開いた。
「舞ちんの情報を収集したの」
歓声を上げる直也を手で制し、彼女は焦らしながらゆっくりと一枚の便箋を広げた。直也はおあずけをくらった犬のようにハアハアと息を荒げる。

「中谷舞、三十五歳、一月十二日生まれの山羊座のB型。身長百五十七センチ、体重四十二キロ、スリーサイズは上から八十、六十、八十四。三姉妹の長女で家族と同居、美鷹郊外から電車にて通勤、聖(セント)べレス女学院を卒業後、エムメスに入社し二年前より支店長に就任。趣味はショッピング、好物はクリームシチュー、苦手なのはタコわさび、好きな映画は『燃えよドラゴン』……」
「少々お待ちください。どうやって調べたんですか」思わず洋一は声を上げた。
「汗と涙の結晶よ」夏樹は自慢気に笑みを浮かべた。「涙はコウちゃんだけどね」
「ナツあの日から毎日エムメスに通ってるわけさ。オレの財布持ち出して」浩介は苦行を耐え忍ぶ如く表情を硬め、部屋の隅に山積みとなった靴を親指で指した。

それに対して夏樹は何の反応も示さず話を進める。「……で、ここが大切なところ。交際相手はいない」
歓喜極まり直也はジャンプした。「あ、あのヨッパライとは、つつ付き合ってなかったんですね!」
「浮かれるのはまだ早いわ。どうやらゾッコン相手はいるっぽいの」
床へ頭突きする勢いで直也はガックシとうなだれた。

「で、どうするのですか?」洋一が訊ねると、夏樹は「そのための緊急会議じゃない」と言った。
「ヌマッチさん! ボクのラブマネじゃないですか。な、な、なんとかしてくださいよ」
「なんとかと言われましても……」
「ゾッコン相手は通勤の電車内にいるらしいわ」
「ああ、やっぱり。きっとあの、ヨ、ヨッパライなんだ」
「諦めるな。ナオヤンの可能性だってあるぞ」浩介は直也の肩をがっしりと鷲づかみした。
「ままま、まさか」鼻の穴を広げ、直也は訊ねる。「ほ、他になにか情報はないんですか?」

「舞ちん、優しくて強い人がタイプらしいよ」夏樹は洋一へと目配せする。
「優しいのはこの際良しとして」洋一は浩介へと目配せする。
「強いのがタイプってか。格闘技の経験はないのか?」浩介は直也へと目配せする。
「と、とんでもない。暴力反対」直也は夏樹へと目配せする。
「コウちゃんみたく、ボクシングでもやってたらね」夏樹は洋一へと目配せする。
「坂本さんがお教えになってはいかがでしょう」洋一は浩介へと目配せする。
「今から特訓するってか?」浩介は直也へと目配せする。
「そんな気の遠い話無茶ですよ」直也は夏樹へと目配せした。
「わたし閃いちゃった」人差指を立てる夏樹に「ななななななななんですか!」と直也が詰め寄る。

「一芝居うつの。コウちゃんが舞ちんに因縁つけて、それをナオヤンが助けるのよ」
「い、いいですね。イイですよ」直也は拳を震わせ意気込んだ。
「そんな彼女を騙す真似いけませんよ!」洋一は眼鏡を押し上げた。「山田さん、お気を確かに。仮に……万が一にですよ。それで交際が成立したらどうするのです。そんな嘘いつかはバレてしまいますよ。その時に大変な思いするのは山田さん本人じゃないですか。それだけじゃない、中谷さんだって傷つくでしょう」
「いいんだよ。どうせ恋愛なんて男と女の騙し合いなんだからよ」

浩介の言葉に夏樹が食らいついた。「聞き捨てならないわね。わたし、コウちゃんに騙されてるってこと?」
「いや、違う違う」彼はブルブルと唇を震わせた。「オレじゃねえよ。一般的に、だ。オレがナツに嘘つくわけないじゃねえか」
ふうん、と彼女は表情筋の動きから全てを読み取ろうとばかりになぞり見る。

「なんだよ疑ってんのかよ。馬鹿らしい」
「わたし知ってるんだから。ダイエットするって言って隠れてコーラがぶ飲みしてるの」
「コーラくらい、いいじゃないか。それに嘘ついてないだろ。コーラを飲まないとは言ってないぜ」
「じゃあさ、わたしが浮気しないって言ってて他の男と二人きりで会ってたら嫌じゃないの」
「それとこれとは話が違うだろ」
「違わない、同じことじゃん。コウちゃんの解釈だと浮気しなければデートしてもオーケーってことじゃない」
「なんだよナツ。誰か気になる男でもできたのか」
「いたらどうなの」夏樹はソッポを向く。

洋一は咳払いした。「そのへんにしておきましょう。議題は山田さんと中谷さんの恋路についてです」
二人も咳払いし、落ち着きを取り戻した。
「しかし、山田さんは一度助けられているんですよ。おかしくないですか」洋一は言った。
「問題ナッシング。実は強い、そのギャップに女はイチコロなの。わかってないなあ、ヌマッチは」「そうだ。なにもわかってちゃいないんだよ、ヌマッチは」「ほんとにね」「本当だよ」
好き勝手言う二人に、洋一は電球を仰ぎ溜息を吐いた。

 

「出てきましたよ」
太陽が沈み、陽をはらんでいた空が紺青色へ変化する頃だった。洋一の呼び声でラジコン戦車に夢中になっていた三人は一斉にエムメスの出入口を見る。店内から出てきた舞はふわりと黒髪をなびかせ路上を歩む。ぴんと胸を張り、体幹のブレがなく、見事に均等な歩幅だった。ハイヒールの音が十数メートル離れたこちらまで響いてきそうな足どりだった。

「よっしゃ、いっちょ絡んでくるあ」浩介はアームロックの如く、直也の首に腕を巻きつけた。「ナオヤン、うまくやってくれよ」
ぐひ、と直也は顔を引き攣らせる。

金のネックレスとチンピラ風のヘビ柄シャツの浩介はズボンに手を突っ込み、肩をいからせつつ大股で舞へと歩み寄っていく。互いの肩が接触した、とても自然に。彼はぶつかった肩を押さえながら何やら喚いている。言葉が聞きとれないので路上の端を蟹歩きで近づき、電信柱の物陰に隠れた。

「ねえちゃん痛てえじゃねえか。なにしてくれんだよ」
「あなたからぶつかって来たんじゃないですか」
恐れることなく毅然とした態度で舞が言うと、浩介の額にぴくぴくと血管が浮き出る。
「コウちゃん、俳優みたい」拍手しながら夏樹は囁いた。
「素晴らしい演技力です」洋一は眼鏡をくいと上げる。

「強気な女は嫌いじゃねえけど程々にしておかないと痛い目に合うぜ」
舞は負けじと睨みつけていた。
「なんだ? その目つき。気に食わねえなあ!」
浩介が怒鳴り声を上げると、不穏な空気を模るように通行人が二人の周囲を避けていく。
「力は弱き者に振りかざすのではなく、弱き者を護るためにあります。あなたは最低です」

浩介がもはや言葉とは言えない雄叫びを上げた。
「コウちゃん、迫真の演技」手を組み、夏樹はうっとりとした。
「あれ演技ですか。本当に怒っていません?」洋一は眼鏡をくいくいと上げる。
浩介が舞の腕をつかむ。「おとなしく慰謝料でも払っとけば見逃してやろうと思ったけどよお」チラリと、こちらへ下手なウインクを飛ばす。

合図だ。
「ゴーゴー、ナオヤン」
夏樹に背中を押し出され直也は「は、はひょう」と電信柱から飛び出した、その瞬間。舞は腕をひるがえし、木葉のようにひらりと浩介の背後へとまわり込んでいた。ラテンダンスを踊っているかの鮮やかで俊敏な動きだった。彼は地面にひれ伏し、強行犯の逮捕劇さながら両腕を捻られている。図太い呻き声とともに「参った、参ったあ」と足をばたつかせている。
素知らぬ顔していたはずの通行人が、いつの間にやら輪となり声援を送っていた。

「あ」夏樹は間の抜けた声を出した。「そう言えば舞ちんの実家、功夫道場だった。師範代だって。ちなみに座右の銘は『成功とは真心を込めた態度で、寝室でナニすること』」
「ブルース・リーの格言ですね。ちなみに『成功とは真心を込めた真摯な態度で、なにかをすること』です。それより、格闘技に精通していたという情報こそ必要だったかと思いますよ。山田さん、計画は失敗です。次の機会に持越して撤退しま……あれ」

傍にいたはずの直也がいない。
「待ってナオヤン! 作戦は中止よ」
彼は両腕を前方に突き出し、夢遊病者のようによろよろと歩み寄っていた。通行人の輪を通り抜け舞の前で立ち止まる。通行人が騒めいた。アイドルコンサートのステージに上がり込んだ熱烈なファンを取り押さえる警備員の如く洋一と夏樹は駆け寄る。しかし、大地に深く根づいた樹木みたいに直也はびくともしない。

「ボ、ボ、ボクと、つ、つ、つつつ、付き合ってください!」
直也は身体を逸らせて叫んだ。まるで夜空に輝く星へ愛を告げるかの、腹の底から繰り出された声だった。舞はぽかんとした。夏樹は頭を抱え、目を伏せる。二人の容姿を見比べた通行人は無謀な挑戦とばかりに嘲笑を滲ませた。
洋一だけが息をのみ、舞の言葉を待った。

「はい」舞は答えた。
一帯から悲鳴にも似た歓声が沸き立った。
「付き合うっていうのは交際するって意味ですよ」洋一は正拳突きして見せる。「この突き合う、ではありませんよ」
「はい、もちろん」くすりと笑いながらも、はっきりと頷いた。

「間違いありませんよ。やりましたね、奇跡です! アベ・プレヴォ―の言う通りだ。恋が奇跡を生み出さないなら人は恋を神性なものにはしない」
洋一が手をとると直也は身を預けてきた。思わず抱き合う。が、様子がおかしい。なんと彼は失神していた。

『おかえんなさい、ラブマネさん』その8へ続く

オリジナル小説『おかえんなさい、ラブマネさん』その8
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