こんにちは、宮比ひとしです。
本日は、手塚治虫『海のトリトン』を「海を冒険したい時に読む漫画」として紹介します。
海を冒険したい時に読む漫画
大海原へ向かって視線を投げかけてると、無性に海原を行く冒険をしてみたくなりませんか?
小舟に揺られて、のんびりと静寂に漂うような船旅もいいですが、やっぱり海図を広げて、エーゲ海に船出しているかの冒険にそそられますね。
貝殻に残る海の記憶を頼りに、海を越えていく海原の王者に憧れます。
はい!
太字のフレーズにピンと来た方、私の友達。お待ちしておりました。
え、興味ないし、ブログも読む気しない?
おお、あなた酷い人! 私に首吊れと言いますか?
海を舞台にした漫画は、『ワンピース』や『チンピース』だけじゃございません。
海洋冒険漫画の礎を築いた、と言っても過言ではない本作品。
勇敢な少年がイルカに導かれて、世界中の海を支配する一族との戦いの物語です。
さて、そんな海を冒険したい時に読む漫画をおすすめします。
本日のよりみちブックはこちら。
『海のトリトン』(原題『青いトリトン』)
作者…手塚 治虫
ジャンル…アドベンチャー、ファンタジー
ボリューム
難易度
『海のトリトン』登場人物
『海のトリトン』の主な登場人物について解説します。
矢崎 和也(やざき かずや)
猪の首岬で、赤ん坊であるトリトンを拾ってきた青年。 |
和也の母親
女手一人でトリトンを育てる和也の母親 |
六蔵(ろくぞう)
警察に追われる和也を助けた、貨物船「武骨丸」の船員 |
トリトン
トリトン族の生き残りの少年 |
沖 洋子(おき ようこ)
トリトンに好意を寄せる同級生 |
ターリン
沖家に仕えるドライバーに扮した、トリトン一族を狙う殺し屋 |
ポセイドン150世
世界中の海を支配するポセイドン族の王 |
ヘプタポーダ
沖洋子の父親を洗脳するポセイドンの娘 |
ピピ子
トリトン族の生き残りの人魚 |
『海のトリトン』あらすじ
夜釣りの最中、チカチカと光る灯を見た和也は、あくる朝、猪の首という岬の下に降りてみると、岩の割れ目から赤ん坊を発見した。
赤ん坊を連れて家に戻ると、突如、地震が起こる。
舟を非難させるため、浜に向かった父親は、津波により命を落としてしまった。
父親の葬儀を抜け出した祖母は、岬で拾った赤ん坊を忌み嫌う理由を和也に語る。
六十年前の少女だった頃、岬で青い髪の青年と出会った。
青年はトリトンと言い、自分の一族は「敵」と何代も戦い続けていることを明かし、地割れの中へと姿を消した。
赤ん坊を手放さないと「敵」が追いかけてくると忠告する祖母に反して、和也は父親の仇を打つことを決意する。
和也は拾ってきた赤ん坊をトリトンと名付けると、母親と共に上京し、先輩である間鳥(まどり)の勧めで「荒が瀬製本所」に勤めることとなる。
しかし、間鳥は和也の半年分の給料を勝手に前借して、仲間と共に使ってしまう。
間鳥に問い詰めるものの、金を返す気のない様子に怒った和也は、仲間の一人をナイフで刺し殺してしまった。
警察に追われる和也を昔の自分と重ねた六蔵は、貨物船「武骨丸」の船員として逃亡の手助けをする。
武骨丸が南洋の目的地に到着すると、島も受取人もないにも関わらず、積み荷を海に投げ捨て始めた。
船内には盗聴器が仕掛けられていることを六蔵に聞いた和也は、武骨丸の謎を探ろうと、船長室に潜入する。
和也を見つけた一本足のブラアは、世界の海の支配者ポセイドン王が海底の要塞を造る資材として、積み荷を沈めていたことを明かした。
ポセイドンと何百代も戦い続けるトリトン一族。
和也が猪の首岬で拾ったトリトンは、トリトン一族の末裔であり、ポセイドンから狙われているのだった。
年月が経ち、13歳となったトリトンは中学校に通っていた。
トリトンの泳ぎ方に興味を抱いていた同級生沖洋子。
2年前から沖洋子の運転手をしている男ターリンは、ポセイドン王に背くトリトン一族を抹殺するよう命令されていること、両親を殺したのは自分であることを語る。
自身の出生に悩み苦しむトリトンは、猪の首岬で発見した貝殻を耳に当てると、父親の声が聞こえてきた。
人間が陸を支配しているように、世界中の海は残忍で狡猾なポセイドンが支配していた。
勇敢で堂々していたトリトン一族を疎ましく思ったポセイドンは、謀反者として次々と暗殺したのだった。
人間から買った近代兵器を使う、現在の王ポセイドン150世を恐れるな、とのメッセージが込められていた。
トリトンは生きる権利のため、ポセイドンと戦うことを決心する……
『海のトリトン』作者
手塚 治虫(てづか おさむ)
1928年11月3日-1989年2月9日
大阪府豊中市に生まれ、兵庫県宝塚市で育つ
漫画家
大阪大学付属医学専門部卒業で医学博士。
在学中の1946年、四コマ漫画『マアチャンの日記帳』でデビューし、『新宝島』が大ヒット。
戦後漫画文化のパイオニアとして、様々なジャンルの作品を手がけた。
日本のストーリー漫画の確立、アニメーションなど数々の功績を遺す。
代表作…『ブラック・ジャック』『火の鳥』『ブッダ』『鉄腕アトム』
『海のトリトン』考察
『海のトリトン』について、「民族紛争」「敵役ターリンの美学」「漫画の結末」「アニメ化」の項目に分け、考察します。
以降、ネタバレが含まれているため、ご承知の上でお読みください。
民族紛争
『海のトリトン』は、「民族紛争」をテーマにした物語です。
『海のトリトン』は、昭和44年9月1日から「サンケイ新聞」の紙上で連載されました。
週刊誌、月刊誌の連載を抱える中、毎日が締め切りとなる日刊連載を引き受けるという手塚治虫のバイタリティには脱帽しますね。
掲載が新聞であるということは、読者層は家族全員となります。
故に、子供でも理解できて、なおかつ大人も楽しめるストーリーが要求されます。
『海のトリトン』のストーリーの大筋は、海を支配する悪のポセイドンと正義のトリトンが戦う物語であり、子供が白熱して読むことができる冒険漫画です。
しかし、悪の立場であるポセイドン族の中に争いに疑問を抱く者もいれば、敵の命を奪うことをためらうトリトンに対して味方が殺すよう促すシーンもあります。
単純な勧善懲悪ではないからこそ、幅広い世代を引き付けるのです。
さて、『海のトリトン』の背景にあるテーマは「民族紛争」と言えます。
世界中の海を支配してきた代々のポセイドン王に対して、トリトン一族は忠告や改革を勧めてきました。
古い政治では新しい海の時代は来ないと、勇敢で堂々と発言するトリトン一族を疎ましく思ったポセイドン王は、一族を根絶やしにしようと虐殺するのです。
真実を知ったトリトンは、生きる権利のために戦うことを誓います。
つまり、『海のトリトン』は、ポセイドン族とトリトン族の争いの物語なのです。
『海のトリトン』の作中、テレビからカンボジアとベトナム戦争のニュースが流れるシーンがあります。
カンボジアとベトナムの両軍が殺し合いを続けていることは、両民族の間の根強い憎しみを物語っています。
このアジアの血を血で洗うような争いは、いつまで続くのでしょうか。
(『海のトリトン』より)
カンボジア・ベトナム戦争(カンボジア・ベトナムせんそう、柬越戦争)
冷戦の地政学的状況下で戦われたベトナム社会主義共和国と民主カンプチアの間の武力衝突。
戦争は1975年から1977年にかけて、ベトナムとカンボジアの陸海国境に沿った限定的な衝突に始まり、時には師団規模の軍事編成での衝突に発展した。
1978年12月25日、ベトナムはカンボジアへの全面的な侵攻に踏み切り、クメール・ルージュ(カンボジア共産党)を政権から駆逐してカンボジア国土の大半を占領するも最高指導者のポル・ポトとクメール・ルージュの残党はジャングルに逃げ隠れ、地下活動を続けてカンボジア内戦を長期化させた。
(『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
民族が違うという理由で憎しみ合うことに何の意味があるのか。
それは、ポセイドン王の娘ヘプタポーダによって印象づけられています。
沖洋子の自宅を頻繁に出入りするヘプタポーダ。
取引を望みどおりに進めるため、沖洋子の父親を真珠の薬によって洗脳する敵役として登場します。
トリトンに追われた挙句、ナイフで刺され瀕死のヘプタポーダは命乞いするのです。
乳母である金色のイルカであるルカーは、ヘプタポーダを殺すよう進言するものの、人間の世界で優しさを身に着けたトリトンに栄養の液体を渡します。
ポセイドン王の13番目の息子オクトポーダを倒し、自宅へ戻ると、ヘプタポーダは和也の母親に習いながら料理を作っていました。
毒を入れたのではないかと怪しむトリトン。
さらに、カンボジアとベトナム紛争のニュースがテレビから流れてきて、ポセイドンによってトリトン一族が殺されたことを責めます。
ヘプタポーダは、和也の母親に気持ちを打ち明けるのです。
「私とトリトンは敵なのよ。それなのに私、トリトンを憎めないのよ。トリトンだって、私を憎んでないのは分かってるのよ。お互いに憎んでもいないのに、どうしてうわべは憎み合わなければならないの」
(『海のトリトン』ヘプタポーダの台詞より)
トリトンはヘプタポーダを人質にして、ポセイドン王にトリトン族の生き残りとの交換を持ち掛けます。
人質の交換に応じたと見せかけ、外海ではポセイドン一族が待ち伏せていました。
トリトンを庇うヘプタポーダに、ポセイドン一族はミスを帳消しする代わりにトリトンを殺すよう銃を渡します。
「あなたとは敵同士だけれど、あなたは好きよ。できれば、あなたの家にいつまでも居たかったわ」
「さようなら」
(『海のトリトン』ヘプタポーダの台詞より)
そして、ヘプタポーダは銃で自殺するのです。
民族が違うと言う理由で殺し合うことに疑問を抱き、最終的に自殺を図ったヘプタポーダ。
登場当初は敵であったに関わらず、ストーリーが進むにつれて親しくなり、心の葛藤やメッセージが胸に刺さります。
同じような争いは、人間の現実世界でも存在し、民族紛争の愚かさや哀しみが印象的に描かれたシーンと言えるでしょう。
敵役ターリンの美学
『海のトリトン』の敵役ターリンは、独自の美学を持った魅力的なキャラクターです。
サングラスをかけ、蛙のような風貌をした怪しげな男として登場するターリン。
ターリンは、ポセイドン王の命によってトリトン一族を抹殺する殺し屋であり、トリトンの両親を殺した因縁の相手です。
幾度となくトリトンを追い詰める屈指のキャラクター。
東京に地震を起こすことは得策でないと進言したり、幼子だったトリトンが海に出る頃まで成長するのを待っていたりと冷静な面があります。
針を仕組んだ銛や毒魚の剣、体を麻痺させるガスが出る貝など多数の武器を使いこなし、倒されてもエビやカニが脱皮するように、皮を脱いで生まれ変わることができる特殊体質です。
また、殺し屋でありながら独自の美学を持ち合わせています。
陸上では殺めないとした海の掟を守り、海以外で手を出すことはありません。
さらに、トリトンを好敵手として認めており、ポセイドンの3番目の息子ドリッペに殺されないように、名前を明かさないようにしつつ、トリトンに気を付けるよう伝達します。
心に残るのは沖洋子に好意を寄せるシーンです。
ターリンは表向きには沖洋子の父親に雇われたドライバーとして行動していますが、病弱な沖洋子を助けるため丸薬を渡します。
また、沖洋子が優しい人だと話してたと聞くと、「誠意は通じるもんだ」とデレデレになったりもします。
物語中盤で、沖洋子はドロテアによって、毒の海に投げ落とされ死亡します。
追う最中トリトンは岩と同化したドロテアに羽交い絞めにされ絶体絶命のところ、ターリンのナイフがドロテアの頭部に突き刺さります。
「私はあの娘が好きだった。海の住人が陸の女の子を好きになっていけない規則はありません」
「私は病身のあの子に大切な薬を飲ませて面倒みていたのです」
「だが、あなたはその子をあっと言う間に殺してしまわれた。私はドロテア様を憎みます。心の底から!」
(『海のトリトン』ターリンの台詞より)
そして、海底要塞にてトリトンとターリンは決着をつけます。
変装し侵入していたトリトンに対して、ターリンは奴隷服を脱いで身軽に動けるよう指示し、武器を選ばせます。
不公平なく戦えるよう、自分も同じナイフを手にするのです。
このシーンでも、敵ながら正々堂々とした美学が垣間見えます。
「トリトン、お前は見事だったぞ。おれは死ぬ。お前と戦って死ぬのは満足さ……」
「お前なら……きっと、大王をいつか倒せる…。うまくやれよ……」
(『海のトリトン』ターリンの台詞より)
決闘の末、ターリンはそう言葉を残して息を引き取りました。
殺し屋と言う手強い敵役でありながらも独自の美学を持ち合わせ、戦いにフェアであったり、恋をする人間味の溢れる魅力的なターリンの印象的なエピソードです。
漫画の結末
『海のトリトン』の漫画の結末について考察します。
後の項目で詳しく解説しますが、『海のトリトン』は、漫画とアニメで結末が異なります。
意外性からアニメ版の方が話題に上りますが、物語として丁寧に作り込まれているのは原作である漫画版だと思います。
物語後半、トリトンとポセイドンは平和協定を結び、一旦は和解したかに見えましたが、ポセイドンの側近ミイラス将軍は、トリトンが海だけでなく陸を支配しようと企んでいると人間にけしかけます。
策略にはまったトリトンは、名誉にかけて最後の戦いに臨むのです。
ポセイドン150世は、不死身の体と電気を操る強敵ですが、巨大亀ガノモスと共に立ち向かいます。
追い詰めた先、要塞の最深部にあったのは、代々のポセイドンが眠る墓場でした。
ポセイドン一族は不死身であるため、王位を継承した後は深い眠りにつくのです。
一斉に目覚め、150体ものポセイドンと戦うこととなるトリトン。
限りなく現れるポセイドン一族を倒す手段はひとつでした。
和平協定の際に、海を汚す人間を滅ぼすためミサイルを開発したことを耳にしていたトリトンは、大型ミサイルにポセイドンを誘い込み、自身と共に宇宙へ発射させるのです。
不死身の相手を倒す手段として宇宙へ吹き飛ばすという結末は、最近では目新しさを失われていますが、当時は画期的なアイデアだったと感じます。
物語はもう少し続きます。
「空の果てへ永久に上がっていったって…ほんとなの?」
「空になったのなら、落ちてきて私の掌へ。そして、私の凍えた心を温めてちょうだい」
(『海のトリトン』ピピ子の台詞より)
人魚ピピ子はトリトン族の生き残りとして、赤ん坊の頃からトリトンと共にしてきた物語の主要キャラクターです。
ポセイドンとの戦いから帰還しないトリトンを心配するピピ子に、戻ったら結婚式をしようと準備するイルカ達。
そんな最中、トリトンの訃報は告げられます。
台詞は、自己を犠牲にしたトリトンの死を哀しむピピ子の感動的なシーンです。
哀しむ母親に息子の一人であるブルーが声をかけます。
「ママ、元気を出して。トリトンは死んじゃいないよ」
「パパが僕に言った。もしパパが帰ってこない時は、僕がトリトンを名乗れって…そして後を継げって……」
「僕はブルートリトンだ! 今から僕はトリトン族の指導者として……みんなを護るぞっ」
(『海のトリトン』ブルーの台詞より)
哀しみが希望に変わる名場面ですね。
さらに、水産庁の事務官である酒柱が人魚を養殖し輸出しようと島に現れますが、ブルートリトンは見事に撃退するのです。
人間は残酷であり、他の生き物と共存していくことが如何に困難かと言う教訓を残しつつ、種の存続をかけて戦う一族の物語は、こうして結末を迎えるのです。
アニメ化
『海のトリトン』は、アニメ化されています。
1972年4月から9月末まで放送されたテレビアニメです。
原作のタイトルは『青いトリトン』でしたが、アニメが放送終了した後、単行本化された際に『海のトリトン』と改題しました。
原作の連載終了後に、手塚プロダクションでアニメ化する予定で製作していましたが、プロダクションの経営状態が悪化し、手塚治虫のマネージャーだった西崎義展がアニメ化の権利を得て、放送の運びとなりました。
西崎 義展(にしざき よしのぶ)
1934年12月18日 - 2010年11月7日
プロデューサー、アニメーション監督
アニメ『海のトリトン』のプロデューサー。代表作『宇宙戦艦ヤマト』『ワンサくん』『宇宙空母ブルーノア』『オーディーン 光子帆船スターライト』『超神伝説うろつき童子シリーズ』等を企画製作した。
西崎のテレビアニメ初プロデュース作品であり、虫プロ関係のスタッフではなく、東映テレビアニメの下請けをしていた朝日フィルムが中心となって製作しました。
こうした事情から主人公トリトンの外見やストーリーに至るまで原作とは大きく異なり、手塚作品の特徴として挙げられるスターシステムによるキャラクターも登場しません。
手塚治虫も、テレビアニメの『海のトリトン』は自身の作品ではなく、あくまで原作者の立場でしかないと公式に発言しています。
中でも、漫画とアニメの結末が違い、その意外性が話題となりました。
最終回で、ポセイドン族は神像へ生贄として捧げられてきた一族の生き残りだったと明らかになります。
ポセイドン族がトリトン族を虐殺してきたのは、過去に生贄とされてきた一族を護るためだったとするのです。
つまり、正義だと思っていたトリトンが悪だったという、勧善懲悪が逆転する展開の結末でした。
アニメ監督である富野喜幸は、周りに相談しても通らないだろうと考え、脚本を無視して、この最終回のプロットを独断で盛り込みました。
また、アニメの応援・宣伝用に描かれた『海のトリトン』も存在します。
72年5月号の『テレビマガジン』(講談社)と72年5月号から9月号まで『たのしい幼稚園』(講談社)に掲載され、掲載誌の性格上、幼年向けとなっています。
『ふしぎなメルモ』に収録されています。
以上、海を冒険したい時に読む漫画として手塚治虫『海のトリトン』を紹介しました。
興味が湧きましたら、ぜひ手に取って読んでみてください。
最後までお読みいただきありがとうございます。
それでは、素敵なよりみちライフを。