こんにちは、宮比ひとしです。
本日は、手塚治虫『上を下へのジレッタ』を、すごいVRを体験したいときに読む漫画として紹介します。
すごいVRを体験したいときに読む漫画
VRとは「Virtual Reality」の略で、一般的に「仮想現実」と訳されます。
以前はVRと言われてもピンと来ませんでしたが、一般向けのVR機器が販売されたのを期に飛躍的に知名度が上がりましたね。
専用のゴーグルを装着すると目の前に映像が広がり、コントローラー等で視点を変えることができ、あたかも自分が別の場所にいるかのような体験ができる機器です。
「VR機器を家に持っている」「店頭で使ったことがある」という方も増えましたよね。
ひと昔前まで、仮想現実は映画や漫画だけの夢物語でしたが、科学技術の進歩により身近な存在となりました。
VRに思いをはせると、必ずと言っていいほど頭に浮かぶ物があります。
その名はバーチャルボーイ。
バーチャルボーイ(VIRTUAL BOY)
1995年に任天堂が発売したゲーム機。
ゴーグル型の本体を覗き込みプレイできる。赤黒のみの配色とした斬新なグラフィックであり、左右のディスプレイに異なる映像を表示させることで立体画面を表現している。
当時、子供だった宮比もゲームショップで体験しました。
感想は「なんかすごい! すごいけど……見にくい」でした。
同時期にプレイステーションやセガサターンがあり、スーパーファミコンからグラフィック性能が格段に向上した最中でした。
バーチャルボーイは画期的であったものの、赤黒画面が異質でしたし、タイトルにも恵まれず、結果的には多種に比べ売れなかったですね。
ちなみに、視力に悪影響を及ぼすような印象を受けましたが、視力低下するどころか疲労回復となるストレッチ効果があるとの見解がなされています。
今思えば、サテラビューと同じく、任天堂の先見性にプレイヤーや時代が追い付いてなかったのでしょうね。
さて、そんな歴史も乗り越え、VRが受け入れられる時代となりました。
仮想現実により、非日常が体験できるエンターテインメントの側面のみならず、店頭に設置することで購買促進に繋げたりと、様々な日常風景に溶け込んでいます。
今回おすすめする漫画は、究極のVRとも言うべき自身の妄想世界に他人を引き込むことができる能力を持つ男と、その力を利用して世界最大の演出を試みる男の物語です。
サブカルチャーを越えた仮想現実の行きつく果てには、どんな未来が人類に待っているのでしょうか。
さて、そんなすごいVR体験をしたいときに読む漫画をおすすめします。
本日のよりみちブックはこちら。
『上を下へのジレッタ』
作者…手塚 治虫
ジャンル…社会風刺、エロス、コメディ
ボリューム
難易度
『上を下へのジレッタ』登場人物
『上を下へのジレッタ』の登場人物について解説します。
門前 市郎(もんぜん いちろう)
ジレッタを利用して、世界支配を企む男
間 リエ(はざま りえ)
門前市郎の元妻
越後 君子(えちご きみこ)・晴海なぎさ(はるみ なぎさ)・小百合チエ(さゆり ちえ)
空腹時にのみ絶世の美女と化す歌手
山辺 音彦(やまべ おとひこ)
生き埋めとなったことで、ジレッタの能力を身につけた売れない漫画家
『上を下へのジレッタ』あらすじ
過激なシーンをテレビ放送したことで抗議が殺到し、演出を指揮していたディレクターの門前市郎は局から専属契約を破棄される。
アパートへ戻ると、妻であるリエに別れようと一方的に告げた。
そんなとき、芸能プロダクションである竹中プロから晴海なぎさという歌手が放り出されたとの噂を聞きつけた門前は興味を示す。
喫茶店で落ち合うと、晴海なぎさは覆面歌手として活動していた醜い女性だった。
晴海なぎさをスターに仕立てれば、竹中プロを見返すことができると考えた門前。
歌声をテストする最中、空腹を訴える晴海なぎさの姿に門前は驚愕する。
晴海なぎさは、空腹になると絶世の美女と化す体質だった。
奇跡の美貌に見惚れた門前は、晴海なぎさ(本名、越後君子)を小百合チエとして再び歌手としてプロデュースすることを閃いた。
門前プロと契約を交わした越後君子は、三年ぶりに同郷の山辺音彦と再会する。
漫画家である四方山三平のアシスタントをする山辺。
君子と別れた山辺は職場に戻るが、美的感覚の悪さについて四方山三平に咎められたことで口論となり辞めることとなった。
山辺は門前プロを訪ねると、君子を絶食させているところを目撃する。
その後、山辺は婚約を申し込み、君子は快く受け入れた。
一方、門前は君子を小百合チエとして売り込むため、ブロードウェイのスターであるジミー・アンドリュウスと共演させる計画を立てる。
山辺は酔った勢いで、君子を返すよう門前に食らいつく。
人通りが多い場所では騒ぎとなるため、工事現場で話をつけようとしたところ、山辺が足を踏み外し、穴底へ転落してしまう。
生き埋めになって60日目を迎えたころ、山辺はボロボロになりながらも生きており、妄想の世界であるジレッタに取りつかれていた……
『上を下へのジレッタ』作者
手塚 治虫(てづか おさむ)
1928年11月3日-1989年2月9日
大阪府豊中市に生まれ、兵庫県宝塚市で育つ
漫画家
大阪大学付属医学専門部卒業で医学博士。
在学中の1946年、四コマ漫画『マアチャンの日記帳』でデビューし、『新宝島』が大ヒット。
戦後漫画文化のパイオニアとして、様々なジャンルの作品を手がけた。
日本のストーリー漫画の確立、アニメーションなど数々の功績を遺す。
代表作…『ブラック・ジャック』『火の鳥』『ブッダ』『鉄腕アトム』
『上を下へのジレッタ』考察
『上を下へのジレッタ』について、「ジレッタとは」「門前市郎の野望」「世界の破滅」「妄想歌謡劇」の項目に分け、考察します。
以降、ネタバレが含まれているため、ご承知の上でお読みください。
ジレッタとは
ジレッタとは、妄想世界のことを指します。
山辺音彦はビルの工事場の底に転落し、ネズミを食べたり、天井板から漏れる水でしのぎます。
死を意識するようになりますが、死ぬ前に一度だけ越後君子の体に触れたかったと思いながら気を失いました。
すると、山辺自身が現れ、ここは妄想の世界ジレッタだと説明します。
『上を下へのジレッタ』の面白いところの一つに、ジレッタの描写があります。
妄想や夢を表現するというのは、非常に難しいと思いますが、手塚治虫は見事にやってのけています。
山辺が階段を歩いていると、裏側に門前市郎がおり、急に男性器のような形状に姿を変えます。
すると、階段かと思っていたものが女性の体になり、股間にある便器に吸い込まれる、といった具合です。
全く意味が分からないと思いますが、山辺の心に存在する門前への怒りや君子への愛着をうまく表現できていると感じさせます。
60日もの生き埋め生活の中で、山辺音彦は麻薬患者のようにジレッタに憑りつかれていきました。
物語を通して、ジレッタには多くの女性の裸体シーンが登場します。
これについて、山辺は「自身が漫画家であることから高級な妄想はできない。だから俗っぽくて楽しい」とも述べています。
そして、ジレッタを他人に見せる方法はないかと考えるようになります。
門前市郎の野望
『上を下へのジレッタ』は、主人公の一人である門前市郎の野望の物語でもあります。
プロデューサーの門前市郎は、竹中プロが放り出した覆面歌手の越後君子を一流のスターにすることに躍起となります。
背景には、竹中プロの女社長から無能呼ばわりされたことがあります。
しかし、計画は失敗に終わり、興味はジレッタへと向かいます。
増幅器とレシーバーを利用することで、多数の人をVR(仮想現実)世界に誘うことができることを思いつきます。
麻薬にも似た仮想現実の世界は人々を魅了し、テレビにとって代わるマスコミの寵児となることを確信するのです。
大衆はテレビにはない、あくどい刺激を求めており、世界中の人々をジレッタへ引き込もうと企てます。
門前にとって、当初はエンターテインメントのひとつでした。
物語が進むにつれ、政府との癒着関係ができ、ジレッタは国営放送となります。
間リエは、放送局に辞表を出した頃の門前とは変わったと失望します。
リエが離れていくことで、権力に屈してはいないことを証明したい、もっと大きなことをしたいと門前は考えるのでした。
ヨーロッパ全土の人間をジレッタにかけ、新しい国家を作る、世界中の女をひざまずかせる、といったアイデアを考案するがインパクトがないことから、最終的に地球と月が衝突するシナリオ「地球最後の日」を思いつくのです。
もしも、ジレッタの能力があったら、どう扱うのか。
究極の仮想現実世界を創り出すことができたら、どうするか。
そう考えながら読むと、門前市郎の行動は非常に興味深く映ります。
世界の破滅
『上へ下へのジレッタ』の結末は、世界の破滅です。
門前の描いたシナリオは、地球と月の衝突により世界中が上へ下へ大騒ぎするというもの。
山辺がジレッタを解いた後の新しい世界を望んでいました。
しかし、結末は違いました。
ジレッタは山辺の精神世界そのものであり、精神状態によって内容が大きく左右されるのです。
クライマックスで恋人である越後君子は死にます。
山辺は言います。
「自殺したい。生きている意味はない。世界はどうなってもいい」
そして、君子の死によって絶望に支配された山辺が引き起こしたジレッタは、世界を破滅させるのです。
現実的に考えると、怖いラストですよね。
VRの技術が発達し、機器を起動させている間、現実と仮想の区別がつかなくなる時代が来るかもしれません。
そのまま仮想現実の世界に取り残されてしまったら、と思うとゾッとしますね。
世界の破滅となる『上を下へのジレッタ』のラストからは、人間の欲望やマスコミの情報操作への批判、仮想現実を扱う高度文明への警告といった、手塚治虫による様々な問題提起を読みとることができます。
妄想歌謡劇
『上を下へのジレッタ』は、妄想歌謡劇と題して舞台化しております。
脚本・演出
倉持裕
出演
門前市郎…横山裕(関ジャニ∞)
小百合チエ…中川翔子
山辺音彦…浜野謙太
間リエ…本仮屋ユイカ
ジミー・アンドリュウス…馬場徹
大手芸能プロダクション社長…銀粉蝶
有木足(ジレッタのスポンサー)…竹中直人
以上、すごいVRを体験したいときに読む漫画として手塚治虫『上を下へのジレッタ』をご紹介しました。
興味が湧きましたら、ぜひ手に取って読んでみてください。
最後までお読みいただきありがとうございます。
それでは、素敵なよりみちライフを。